市場規模10兆ドルの「グリーン水素」水素革命は産業用車両から始まる
気候変動対策が急務となり、米連邦政府が規制や補助を急ぐなか、米企業はそれを追い風に産業用領域に商機を見出している。 世界のエコ化への道筋は多種多様で、技術の進歩により日々変わっている。「水素」もその一つだ。再生可能エネルギーから発生する余剰電力のエネルギーを水素に変えて製造し、それを圧縮・液化、超低温保存することで、クリーンなエネルギーをより効率的に使うという取り組みがある。こうしたプロセスをつなぐ水素サプライチェーンを日本に構築することも、政府が宣言した「2050年カーボンニュートラル」実現に向けたカギとなるかもしれない。 とあるテック系カンファレンスが開かれた日、米カリフォルニア州ロサンゼルスは猛暑日だった。冷房の効いた高級ホテル内で「Green Hydrogen(グリーン水素)」と呼ばれるエネルギー源についての講演を終えたばかりだった「Plug Power(プラグパワー)」のアンディ・マーシュCEO(66)は、米議会議員との面談を前に陽気な面持ちでいた。 議員が知りたいのは、この有望なカーボンフリーのエネルギー源が重要な政治的課題に与える影響についてだった。すなわち、“雇用”である。 「太陽光発電や風力発電は、継続的に多くの雇用を生み出すものではない」と、マーシュは語る。 「しかし、水素の製造はバッテリー工場よりも、ずっと多くの雇用を生み出すのです」 水素は、夏のアスファルトの路面に浮かぶ逃げ水のような存在で、無限のクリーン燃料として期待を一身に受けてきた。ところが実際には、すぐ先の未来にあるように見えながら、決して手の届かないものであり続けている。 米電気自動車(EV)大手テスラを率いるイーロン・マスクCEOは、今後も変わらないと批判的だ。大手自動車メーカーは1990年代から水素燃料電池の開発に数十億ドルを投じてきたが、現在、その最大の市場であるカリフォルニア州の道路を走行中の水素燃料電池車は1万5000台足らずで、バッテリーやプラグインハイブリッド車の総数の約90万台と比べるとごくわずかである。 しかし、ニューヨーク州レイサムに本社を置くプラグパワーを14年間率いてきたマーシュが目指すのは、これらの車両の燃料を提供することではない。彼は、長年にわたり無公害のフォークリフトや据え置き型の発電機用の燃料電池の製造を手がけてきた同社の立ち位置を変えようとしている。 プラグパワーは長年、燃料電池用の水素を外部から購入してきたが、同社は水素を自社で製造し、重工業分野の顧客に供給するリーディングカンパニーを目指している。宇宙で最も豊富な元素である水素を水から抽出することでカーボンフリーな製造を拡大し、水素を気候変動と闘うための重要なツールにしようとしているのだ。
今後の数年で10兆ドル規模に成長すると予測
その過程でプラグパワーは、水素とその製造のためのテクノロジーの販売規模を拡大し、売上高が22年の9億ドルから26年には50億ドル、20年代の終わりまでに200億ドルに急増すると予想。同社はまた、他社から水素を購入する立場から、生産・販売する立場に移行することで、23年後半には営業収支を黒字化させ、その後の数年で純利益の黒字化を見込んでいる。プラグパワーは、世界のグリーン水素の市場全体が今後の数年で10兆ドル規模に成長すると予測している。 現状では水素の大部分は、天然ガスを水蒸気と反応させることで製造されているが、その過程で二酸化炭素(CO2)が放出される。米エネルギー省によると、製鉄、石油精製、農業などの産業用途向けの水素は、世界で年間1億t以上製造されており、そのうち約1000万tが米国向けだが、そのほぼすべてが天然ガスから作られる「Gray Hydrogen(グレー水素)」で、大気汚染を引き起こす。 そんななか期待を集めるのが、風力や太陽光などの再生可能エネルギーの電力を用いて、水を水素と酸素に分解する「電気分解装置」を用いたテクノロジーだ。マーシュはプラグパワーを、このクリーンな水素のトップメーカーにするだけでなく、専用の輸送タンカーの製造や他社向けの電気分解装置の販売を手がける企業にしたいと考えている。 プラグパワーのグリーン水素プラントは、すべてが順調に進めば25年末には1日500tの燃料を送り出すことになる。テック企業大手アマゾン・ドット・コムは最大21億ドル相当の同社の株式を取得し、年間1万t以上の水素を購入する計画だ。米小売最大手ウォルマートも、倉庫用の燃料電池フォークリフト9500台分の水素の購入を予定している。 プラグパワーはこれまで、韓国のSKグループが主導した19億ドルの調達ラウンドを含めて、50億ドルを調達し、いくつかの戦略的買収を行っている。 ジョージア、ニューヨーク、テネシー、テキサス、ルイジアナ、カリフォルニアの各州で13の水素精製所を建設中で、ベルギー、フランス、スペイン、ポルトガル、韓国、オーストラリアではパートナー企業とプロジェクトを準備中である。
水素革命は倉庫の中から始まる
■水素革命は倉庫の中から始まる もちろん、水素にも課題はある。水と再生可能エネルギーから製造されるものであろうと、メタンから製造されるものであろうと、本質的に非効率であり、製造や圧縮、液化、超低温保存といったプロセスに、同じ電力を単に電池を製造するのに使う場合よりも多くのエネルギーを要する点である。 グリーン水素の擁護派は、米国の中西部や南西部では、大規模な太陽光発電所や風力発電所によって、ピーク時に送電網が処理しきれないほどの余剰電力が生産されている点を指摘する。しかも、ソーラーパネルやタービンのコストが下がるにつれて、さらに多くの電力が供給されるようになる。つまり、需要を上回るグリーン・エネルギーが存在することが、グリーン水素の非効率性の問題を相殺するというのが彼らの主張だ。 だが、「Hydrogen Science Coalition(水素科学連合)」の一員である、カナダの化学工学コンサルタントのポール・マーティンは、「低効率なアプローチが役立つのは、コストが低い場合だけ」と、反対する。 「グリーン水素はコストが高く、効率が低いため、かえって高価なものになってしまうのです」 それでもマーシュは、テキサス、ルイジアナ、ウェストバージニアの各州で、グリーン水素を支持する声があると主張する。 これらの地域でプラグパワーが建設中の水素精製プラントは、「まるで石油やガスのプラントのようなもの」と、ここ1年、政府に働きかけを続けているマーシュは話す。水素精製プラントでは、液化した水素をトラックや列車で出荷するためのドライバーやサポートスタッフが必要になるが、「そこで働く人々の約20%が石油・ガス業界の出身者だ」と、彼は言う。 まだ初期段階にあるグリーン水素分野には多くの競合企業が存在する。 米エンジンメーカー大手のカミンズは、独自の電気分解装置ビジネスを構築しようとしている。クリーンエネルギー大手のネクステラも参入している。自社のEVトラックの燃料となるグリーン水素の製造容量を拡大しようと目論む、ニコラのようなEVスタートアップも存在する。1990年代から水素燃料電池技術を開発してきたゼネラルモーターズも、ノルウェーの電気分解装置メーカー大手ネルとの提携でコストの削減方法を模索し、この分野のプレイヤーになろうとしている。
IRA法のおかげで利益を上乗せ
「プラグパワーは、業界のパズルを埋めるピースをもっている」と話すのは投資会社コーウェンで株式調査アナリストを務めるジェフリー・オズボーンだ。「(プラグパワーは)必要要素をすべてコントロールし、それをやり遂げるための資金ももっています。今後の課題は、グリーン水素プラントを相互につなげ、パートナーと新たなグリーンエネルギーを生み出していくことですが、それには時間が必要です」 マーシュとプラグパワーにとって追い風になりそうなのは、22年8月に米バイデン政権が成立させた「インフレ抑制法(IRA法)」だ。EVや、国内のバッテリー生産、風力・太陽光発電など、CO2排出の削減に向けた手厚い優遇措置で知られるこの新法には、グリーン水素に対する初の税優遇措置が盛り込まれ、水素燃料の生産者は、1kgあたり最大3ドルの税額控除を受けられる。 「この法律が導入される前に市場に参入したプラグパワーは、IRA法のおかげで利益を上乗せできます」(オズボーン) 自動車業界がこれまで水素自動車の商用化に取り組んできたのとは対照的に、マーシュは初期段階では輸送分野をターゲットにせず、その代わり、産業分野に力を注いでいる。この領域は、「さほどエキサイティングなものではない」と彼は言うが、大気汚染の主な原因となる。 プラグパワーの水素のほぼ全量は、自動車ではなく、据え置き型の発電機や、電動フォークリフト向けの燃料や農業、“グリーン”な鉄鋼などに使われる予定だ。マーシュによると、鉄鋼やその他の産業用途から排出されるCO2の総量は、世界のCO2排出量の約26%を占めている。 さらに、モビリティ分野が26%を占めるという。物流トラックが20年代の終わりに近づくにつれ、水素燃料の有力な導入先になるとも彼は考えており、プラグパワーは仏自動車メーカー大手ルノーと燃料電池式の配送バンの開発を進めている。 マーシュの考えに異議を唱える前出のマーティンや、米コーネル大学で生態学・環境生物学を専門とするロバート・ホワース教授らは、グリーン水素が最も力を発揮するのは、農業用のアンモニアを生成する際に用いられるCO2排出が多いメタン由来の水素を置き換えることだと考えている。 「地球上の人口の約80%は合成窒素肥料のおかげで生きており、重要だ」とホワース教授は語る。 「この肥料を最もCO2排出が少ないやり方で製造できるのがグリーン水素であり、化石燃料由来のグレーな水素や、石炭由来の『Brown Hydrogen(ブラウン水素)』よりもはるかに優れているのです」
プラグパワーは、5万台以上の燃料電池システムを提供
プラグパワーは、BMWやアマゾン、ウォルマートなどのフォークリフトを中心に、5万台以上の燃料電池システムを提供している。また、フォークリフトや据え置き型の発電機の燃料となる液体水素の最大の買い手として、水素の製造や輸送、利用のすべてについて専門知識を得たと自負している。マーシュは、再生可能エネルギーが豊富で、そのインフラが充実した米国が、IRA法のインセンティブに後押しされ、グリーン水素大国になると確信している。 CO2排出による深刻な気候変動リスクの高まりを受け、あらゆる産業や発電、輸送を化石燃料から切り離すことが急務となるなか、グリーン水素の魅力はますます高まっている。 それでも前出のマーティンをはじめとした懐疑派は、水素の効率性の問題を考慮したとき、プラグパワーとその競合他社が、最適解を追求していない、と考えているようだ。「グリーン水素の未来は『熱力学』にあると思っています。これからもグリーン水素についての議論では避けては通れないはずです」(マーティン) プラグ・パワー◎米ニューヨーク州レイサムに本社を置く水素製造・発電企業。無公害のフォークリフトや、据え置き型の発電機用の燃料電池の製造・販売を手がけてきたが、近年は燃料となる「グリーン水素」の自社製造・発電も手がけるように。BMWやアマゾン、ウォルマートなど、工場や倉庫を抱える大企業に製品を供給している。 アンディ・マーシュ◎米エネルギー企業プラグ・パワーCEO。米テンプル大学とデューク大学で学位を取得し、サザンメソジスト大学でMBAを取得。ベル研究所で17年間勤めたのち、2001年に通信業界向けの電子機器を製造する「Valere Power(バレア・パワー)」を立ち上げた。08年に同社を売却した直後にプラグパワーにCEOとして参画。
市場規模10兆ドルの「グリーン水素」水素革命は産業用車両から始まる(Forbes JAPAN) - Yahoo!ニュース
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気候変動対策が急務となり、米連邦政府が規制や補助を急ぐなか、米企業はそれを追い風に産業用領域に商機を見出している。 世界のエコ化への道筋は多種多様で、技術の進歩により日々変
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