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燃料電池は外部からの水素がなければ普及しないのか?

水素社会の幕開けといわれた2015年、世界に先駆けてトヨタから発売された量産型燃料電池自動車(FCV) “MIRAI”が耳目を集め「水素と酸素で発電する燃料電池」は広く認知されるようになった。しかし同時に「燃料電池は水素で動くのだから、パイプライン等による外部からの水素の直接供給がない場所では普及しないのではないか?」と思われてしまうことも多い。
燃料電池は純水素を調達できる場所でしか使用できないというのは誤解である。例えば、定置用燃料電池を利用した家庭用電熱供給システム、エネファーム1は改質器を燃料電池に付設しているため都市ガスやLPG燃料を使用できる。改質とは天然ガス等の化石燃料と水蒸気を高温で触媒反応させて水素を製造するプロセスで、水素と同時にCO2も生成するが、火力発電と比較した場合、全体でのCO2排出は抑えられる。
重量等の制約がある車載用と異なり、定置用燃料電池はシステム構成の自由度が高く、「水素供給インフラがない場所でも普及する」高効率な分散型電源・電熱供給システムとして使用することが可能だ。最近では燃料電池の優位性を発揮できる環境や条件で経済性も含めて採用されるケースが少しずつ増えており、発電以外の機能も研究されている。本稿では、定置用燃料電池のそのような用途開発の現況を考察し、将来の普及可能性を展望したい。

グローバル市場に羽ばたく通信基地局電源

最初に注目したい用途は携帯電話などの通信基地局電源である。現在国内では基地局の多くが緊急時のバックアップ電源として鉛バッテリーを採用しているが、バッテリーは電力供給時間に比例して大容量化する。よって日単位のバックアップには推奨されず、軽量で高効率な発電機である低温型燃料電池が代替電源として有望視されている。
低温型の固体高分子形燃料電池(PEFC)(図表1)は高出力密度でコンパクト、メンテンナンス負荷も小さいという利点を持つ。起動が速いこともバックアップ用途に好まれる。燃料には取り扱いが容易なことから液体メタノールを使う2。
また、途上国では無電化地域や電力不安定地域における基地局においてもディーゼル発電機の代替として燃料電池が導入され始めている。
インドでは基地局の70%以上が1日8時間以上停電するといわれ、頻繁にディーゼル発電機が稼働する。環境負荷を懸念する同国通信省は通信各社に対して基地局電源にクリーンエネルギーを一定割合導入することを義務付けており、燃料電池導入のモチベーションとして働いている。英国の燃料電池メーカーIntelligent Energy社はインドの大手ネットワークサービスプロバイダーGTL社と基地局のエネルギーマネジメント契約を締結し、既設ディーゼル電源を燃料電池に置き換えていく計画が進行中である。
インド以外でも中国、南アフリカ等では既に基地局における燃料電池システムの実証が始まっている。世界中で急速に成長する基地局市場だが、2020年までには約40万基以上がクリーンエネルギーを導入するのではないかとの見方もあり、燃料電池が伸びると予測される分野の一つである。

米国でチャンスとニーズを捉えた自家発電システム

米国では、安価な天然ガスと安定した電力供給需要を背景に定置用燃料電池の初期市場が立ち上がっており、高効率な高温型の固体酸化物形(SOFC)、溶融塩炭酸形(MCFC)(図表1)を採用した数百kW~数十MW規模の発電プラントが数多く建設されている。
シェールガス増産により米国の天然ガスは低価格で推移しており、MCFCの米メーカーFuelCell Energy社は、連邦政府および州からの助成3を加味した場合のMCFC発電コストを9-10セント/kWh(補助金なしでは14-15セント/kWh)と試算(米国エネルギー省、The Business Case for Fuel Cells 2014)、国内業務用電力価格(10-11セント/kWh)に対して競争力を持つレベルといえる。
2000年代以降ハリケーンが多発し、天然ガスパイプラインの堅牢性が認識されたことも影響する。ミッションクリティカルな重要施設、およびデータセンターにおいて系統電力に代替する自家発電機として天然ガス燃料の定置用燃料電池が導入されるようになった。
SOFC、MCFCは高温で作動することから起動・停止に時間がかかるため、緊急時のみのバックアップ用途では十分に強みが発揮できない。しかし、通常時の電力も全て自家発電によって供給することで、系統電力からの受電設備と非常時のUPS4機器、ディーゼル発電機などが不要になり設備投資を削減することができる。天然ガス供給の安定性と経済的なメリットが見込まれたことで、国家安全保障局(NSA)やBank of America、Apple、AT&T、Verizon、Microsoft、Google等の政府機関や大手企業が助成制度を利用し定置用燃料電池の自家発電システムを実証、自社環境で優位性を確認した多くの企業は自費で追加導入を決定している。

CO2分離回収技術への応用

さらに特筆すべき定置用燃料電池の開発動向としては、発電以外の燃料電池活用法が挙げられる。まずMCFCを利用したCO2分離回収を取り上げたい。
MCFCは他の燃料電池と同様に水素と酸素の電気化学反応により発電するが、空気(酸素)とともにCO2が反応に用いられることが大きな特徴である。空気極(正極)に供給されたCO2は炭酸イオン(CO32-)として電解質中を移動し、反対側の燃料極(負極)で再びCO2として濃縮された状態で回収できる。この仕組みを応用して空気極に火力発電所の排ガスを供給すれば、排ガス中のCO2が燃料極で濃縮回収され、同時に追加電力を得る効率的なシステムが可能となる(図表2)。
米国エネルギー省はCO2回収プログラムの一環として、米FuelCell Energy社のMCFCを利用した石炭火力発電排ガスからのCO2分離回収システムを開発している。同社によれば石炭または天然ガス火力発電所からの排ガス中のCO2濃度を、5~15%から最大70%まで濃縮することが可能である。同システムのF/Sでは、550MW石炭火力発電に420MW-MCFCを付設したシステムで、発電所の排ガスに含まれるCO2の90%を回収し、かつMCFC発電によって80%の追加電力が得られるとの結果が出ている。燃料電池を利用したCO2分離回収法では、アミン溶液を用いた化学吸収法5と異なり多量の熱エネルギー投入を必要とすることがないため、CO2分離回収コストは米国エネルギー省が目標とする40ドル/CO2トン未満、また発電コスト増分は35%未満に抑えられると試算されている。本プロジェクトは今後小型の実機を利用したプロセス実証に進む予定である。

水素も製造できる燃料電池

水素供給の観点からも興味深い用途が燃料電池を利用した水素製造である。高温型のSOFC、MCFCでは、外部の改質器を持たずに燃料電池内部で排熱を使って燃料を改質しながら発電することが可能だ。燃料電池内部で生成された水素の一部は発電反応で消費されるが、装置全体では水素が余剰となるため、この余剰水素を取り出してFCV燃料等で活用するコンセプトが検討されている。
三菱日立パワーシステムズ社は、燃料である都市ガス、都市ガスを改質した水素、燃料電池発電による電気・熱をそれぞれ需要に合わせて取り出すマルチエネルギーステーションを提案している。同社は250kW-SOFCとマイクロガスタービンを組み合わせた複合発電システムを2017年に市場投入する予定であり、マルチステーションはこのSOFCを応用したシステムとして製品化される見込みだ。
米国では、FuelCell Energy社がバイオガス燃料を投入して水素と電力、熱を同時に取り出すトリジェネレーションシステムを実証している。バイオガスを利用していることから同システムにより製造された水素燃料はCO2フリーと見なされ、カリフォルニア州の自動車燃料規制においてはクレジット対象としても認められている。同社はさらに水素製造に特化した装置も手掛けている。MCFC装置に電力負荷をかけると、通常発電時とは逆に炭酸イオンが移動することから水素製造量が増加する。この手法では既存の水電解に6よる水素製造と比較して消費電力を30~40%減らせる可能性があり、今後の開発動向を注視したい技術である。

定置用燃料電池の普及に向けて

定置用燃料電池が基地局電源や自家発電として市場を形成しつつあるのは、燃料市場や社会ニーズといった外部環境を認識し、燃料電池が競争力を持つ場所や運用条件を的確に見極めた結果といえる。さらにCO2の分離回収やクリーン水素の調達といった新たな社会ニーズに応えるアプリケーションも新規市場開拓の呼び水となるだろう。エネルギー市場を俯瞰する視点を持ちながら燃料電池の適材適所を見いだすために創意工夫する、双方向からのアプローチを兼ね備えた取り組みは定置用燃料電池普及に向けた道筋となるだろう。


  1. エネファーム:都市ガスまたはLPGを改質して得られた水素により発電する、改質器と燃料電池が一体となった家庭用発電ユニット。排熱で温水を製造することで熱効率95%が得られる。
  2. メタノール燃料:燃料電池でメタノール燃料を用いる場合、現在の主流となっているのはメタノールを改質して水素を作りPEFCで発電するシステムだが、改質せずにメタノールから直接水素イオンを取り出すタイプPEFCも開発されている。直接メタノール投入型は効率や耐久性の点でメタノール改質型に劣るものの初期投資が安くなるメリットがある。
  3. 政府助成制度:米国連邦政府は2009年から2016年末までの期間、燃料電池導入費用の30%(上限3,000ドル/kW)を助成する(Federal Investment Tax Credit)。カリフォルニア、コネチカット等の一部の州ではさらに独自の補助金を設けている。
  4. UPS(Uninterruptible Power Supply):無停電電源装置。二次電池など蓄電機能を有する装置を内蔵し、外部からの電力供給が途絶えても一定時間外部に電力を供給することができる。
  5. 化学吸収法:アミン等のアルカリ性溶液とCO2を化学反応させて選択的に吸収しCO2を分離回収する手法。
  6. 水電解:水に電気を流すと水素と酸素が生成する反応。再生可能エネルギー電力を用いることで、水からCO2フリーのクリーン水素を製造することができる。
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