「洋上風力と水素製造で地域創生」の幻想 雇用は生まれず、かさむ発電コストは消費者負担、水素の社会は儚い夢か
先月中部地方で講演の機会があった。講演の中で水素の需要と供給についても触れたが、講演後の質疑応答の際、地方議員の方から次の質問があった。 「地元では洋上風力設備を設置し、その電気を利用した水の電気分解により水素を製造、さらに需要地まで輸送する事業が検討されている。地元での説明では良い事業としか聞いていなかったが、今日の講演で初めて事業の将来はあまり明るくないとの印象を受けた。事業の評価はどうだろうか」 過疎に悩む地域は、発電事業と水素製造により地域で雇用を生み過疎に歯止めをかけると意気込んでいるのだろうが、残念ながら洋上風力と水素製造による地域振興は難しい。 二酸化炭素(CO2)を排出しない洋上風力発電の電気から作る水素は、グリーン水素と呼ばれ脱炭素に必要とされる。しかし、事業については疑問だらけだ。 洋上風力設備で発電される電気のコストは安くない。しかも、最近のインフレで資機材のコストは大きく上昇し、発電コストを引き上げている。 水の電気分解装置は高額だ。一方、洋上風力発電設備の利用率は30%台なので電気分解装置の利用率も30%台になる。製造される水素の単位当たりの減価償却額も大きくなり、水素のコストを押し上げる。 水素の利用は、電気の利用が困難な高炉製鉄、化学、セメント、航空機、外航船などの分野で想定されるが、需要地に水素を輸送するコストは高い。水素ではなく、電気を送り需要地で電気分解により水素を製造するのがコスト面からは理に適っている。 地元の雇用も期待できない。洋上風力設備の雇用は建設時が主であり、工事が終われば、操業に係る雇用は限定的だ。加えて働く人は地元に居住する必要もない。遠隔地から操作し、補修の際に人を派遣すれば済む。 どこから見ても、洋上風力と水素による地域創生は無理筋にみえる。
これからの日本では、少子高齢化が急速に進む。2050年の人口予測は20年から17%減の1億469万人だが、この人口減少は全国一律に進むわけではない。 20年と50年の人口を比較すると、日本の人口は2146万人減る。都道府県別では、人口減少数がもっとも多いのは大阪府の157万人だが、大阪府は人口が多いので比率でみると17.8%減だ。 人口減少が進む中で人は東京に集中するので、東京都のみ人口が増加すると予測されているが、残り46道府県では人口減少が進む(図-1)。中でも11県の減少率は30%を超えると予測されている。 過疎が進む地域では公共交通機関は廃止され、ガソリンスタンド、スーパーもなくなる。水道料金は上がる。住みにくくなり、便利な地域の中心都市に人は集まる。 たとえば、50年の高知県では人口の半分以上が高知市に住むと予測されているが、多くの地域でも同じように県庁所在地に人が集まる。その県庁所在地の人口減少もなだらかに進む。 過疎が進む地域は雇用を作り出し生き残りを図る。その一つが観光だが、日本人が貧しくなり旅行に掛ける費用を削減する中で外国人観光客に期待しても、外国人観光客が訪問する場所は限られていて、多くの地域は蚊帳の外だ。観光に係る産業は生産性が高くない問題もある。 そんな中で、過疎に悩む地域が起爆剤として期待するのが洋上風力と水素製造だ。
地域が豊かになるには生産性が高い、要は給与が高い雇用が生まれることが必要だ。再生可能エネルギー(再エネ)設備へ出資する投資家は都市部に本拠を持っており、投資に対する収益が地元に落ちることは少ない。地元の雇用に期待が集まるのは当然だ。 しかし、稼働している太陽光、風力発電設備の近くで働いている人を見かけることはほとんどない。再エネ設備は雇用を生まないのだろうか。日本に先駆け再エネ設備を導入したドイツの雇用状況から日本の雇用を推測することが可能だ。 ドイツの太陽光発電設備と関連する雇用が図-2に、陸上風力関連が図-3に示されている。設備導入量は着実に増えているが、雇用は増えていないどころか、減っている。 雇用者数が減少する理由は、設備導入量が減っているからだ。ドイツの再エネ関連雇用の3分の2は建設に係る雇用とされており、導入量に合わせ雇用が調整されている。
運用あるいは設備製造に関する雇用は限定的だ。日本で洋上風力設備導入を進めても建設が終われば、ほとんどの雇用はなくなる。世界の洋上風力発電設備の6割から7割は中国、残りの大半は欧州で製造されている。製造に係る雇用は日本では期待できない。
上昇する洋上風力の発電コスト
米国東海岸、欧州北海での洋上風力発電開発事業では、昨年から事業者の撤退が続いている。理由は、インフレによる資機材費の値上がりと金利上昇だ(「そして誰もいなくなる 死屍累々の欧米の洋上風力事業者」)。 今年になっても逆風は続く。英国の石油大手BPのグループは米国東海岸ニューヨーク州沖の事業で発電される電気の買取価格の値上げを要求していたが、州政府は拒否した。BPはついに撤退を決めた。 当初の契約価格は、1キロワット時(kWh)当たり約11セント(約17円)だった。その金額でも米国の火力発電所の発電コスト4セントから5セントの倍だが、BPの要求した見直し額は、最大19セント(29円)を超えていた。 昨年の洋上風力発電事業の入札への応札者がゼロだった英国では、今年の入札では上限価格を大幅に引き上げる発表があった。着床式と浮体式の上限価格は、それぞれ73ポンド/MWhと176ポンド/MWhだ。2012年価格なので、現在の価格にし、円にすると19円/kWhと46円/kWhだ。 日本の大手マスコミでは、再生可能エネルギー事業者の立場を支援する記事が多い。洋上風力導入のためには英国の入札価格の引き上げは当然とする記事がある。あるいは太陽光設備の発電量が増えるために実施される出力制御は、事業者の収益を圧迫し再エネ導入を難しくしているとの記事もある。 再エネ導入は、電気料金を上昇させ消費者負担を増やすが、消費者よりも事業者を応援するほうが、読者獲得につながるのだろうか。
ニューヨーク州、マサチューセッツ州など米国東部の州がコストの高い洋上風力導入に踏み切る理由は、州政府が脱炭素を宣言しており、実現のための方策があまりないからだ。それでも、再エネ導入を支援する額は電気料金を通し消費者負担となるので、ニューヨーク州は金額の見直しを拒否した。 日本の昨年の洋上風力発電事業の入札では、卸価格と同額での入札も行われたが、現在の資材価格と建設費の上昇を考えると、欧米との比較では、風が吹かない日本の洋上風力の発電コストが欧米以下になることはないだろう。やがて、消費者負担の形で電気料金に反映される。 大手新聞は、出力調整がされない原子力発電の再稼働により再エネ電源の出力制御が増えたと非難するが、消費者の視点ではまったく別の姿にみえる。 冷暖房需要が少ない春秋の電力需要は少なくなる。しかし、太陽光、風力の発電量は需要に合わせ調整できない。このために実施されるのが出力制御だ。 九州電力の秋の需給をみると、太陽光の発電だけで需要の大半を満たすことが可能だ(図-4)。太陽光発電を受け入れるため、火力発電所を止めると、再稼働に数日必要になり、夜間の供給に問題が生じるかもしれない。原子力発電は定格で運転される。そのため太陽光設備の発電量を制御し、火力と原子力の運転を確保する。 再エネ事業者の利益は減るが、再エネの電気を買い取る必要がないので消費者の負担額も減る。原子力発電所が再稼働している九州電力の規制料金は、大手10電力会社中最安値だ。原発の再稼働は電気料金を下げているが、報道で触れられることは少ない。
再エネで水素を製造するコストは高い
洋上風力のコストは高い。その電気を固定価格買取(FIT)あるいは市場価格にプレミアムが支払われるFIP制度を利用せず、水素製造に使えば、消費者負担はないが、水素のコストはとんでもなく高くなる。 米国エネルギー省は、水電解により水素を1キログラム(kg)当たり4ドルで製造するためには、利用率90%の装置では電気のコストは4セント/kWhでよいが、利用率が50%になると、2セント/kWhの電気が必要と試算している。 水素のコストを考える際には、まず電気のコストが大切になる。水素1kg製造に必要な電力量は、今55キロワット時(kWh)だ。仮に洋上風力の発電コストを15円/kWhとすると、電気のコストだけで825円になる。 必要電力量の理論値は40kWhなので、将来もう少しコストが下がる可能性はあるが。日本の洋上風力の発電コストが大きく下がることはないだろう。 欧州では水電解装置の価格は1kW当たり1300ドル程度だ。たとえば、2万kWの設備の利用率を80%と想定すれば、年間2500トンの水素が製造可能だ。残存価値を10%とし減価償却期間を5年とすれば、水素トン当たりの償却額は約2000ドルになる。水素1kg当たり2ドルだ。 洋上風力発電の電気を利用すれば装置の利用率は最大40%程度だ。償却費は4ドルになる。主要国のグリーン水素の目標価格は1kg当たり数百円だ。2ドル、300円のコスト増は大きい。 中国製のアルカリ水電解装置の価格は欧州製の約4分の1なので、将来電解装置の価格が下落する可能性はあるが、このコストの差を埋めるのは簡単ではないし、電気と装置のコストだけで水素の価格は1400円を超える。設備維持などの費用も必要なので、価格競争力があるとは言えない。
水素の世界をどう作り上げるのか
安く水素を製造する方法として、出力制御された再エネ電源からの電気を使う方法もある。捨てられる電気のコストは掛からないので、水素のコストも安くなるはずだ。 しかし、余剰電力が生じる時間は少ないので、水電解装置の利用率は数パーセント程度に低迷する。装置のコストが水素のコストを押し上げ、安い水素にはならない。 CO2を排出せずに安定的に水素を製造する方法の一つは、原子力の電気による水の電気分解だ。米国、欧州で開発が進む小型モジュール炉(SMR)を利用すれば、発電量の調整も容易にできる。 SMRの導入と設備製造に係る事業を興せば、雇用も生まれる。地域がこれから拡大する水素市場を通し生き残る方法は、洋上風力ではないだろう。
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「洋上風力と水素製造で地域創生」の幻想 雇用は生まれず、かさむ発電コストは消費者負担、
先月中部地方で講演の機会があった。講演の中で水素の需要と供給についても触れたが、講演後の質疑応答の際、地方議員の方から次の質問があった。 「地元では洋上風力設備を設置し
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