三菱ふそうのEVトラック「eCanter」試乗 商用車に求められる“運転のしやすさ”とは
EVとディーゼル車のトータルコスト この先、商用車の世界にも電動化の波が本格的に訪れる。走行時にCO2を排出しない働くクルマが世界中から渇望されているからだ。商用車は生産財なので、普及ともなれば導入コストである車両価格にはじまりメンテナンス費用、さらには電費数値を元にした電力費用などランニングコストが注目される。
また、電動化により当然ながら車両価格も上昇する。しかしながら電動化の要であり、開発コストや走行性能を左右するバッテリー、モーター、インバーター(パワーコントロールユニット)は部品メーカーの企業努力もあり、普及が進み量産効果の出ている乗用車と基本部分の共有が可能に。こうしたことから、商用車全般に求められるシビアなトータルコストオーナーシップに応じられるようになった。 2010年9月。BEV(電気自動車)の小型トラック・プロトタイプ「キャンターE-CELL」を世界最大級の商用車ショーである「IAA2010」(ドイツ・ハノーバー)に出展した三菱ふそうトラック・バス(以下、三菱ふそう)は、2017年7月からBEVである小型電動トラック「eCanter」の量産を川崎工場(神奈川県新川崎市)で開始。同10月からリース販売をスタートさせた。 2020年6月現在、eCanterは日本、欧州、米国を中心に約150台(日本は56台)が物流事業者の手に渡り、それらがこれまでに走行した総距離はざっと160万kmに及ぶという。 では、冒頭のトータルコストオーナーシップで重要なラニングコストを考えてみる。ディーゼルエンジン(内燃機関/ICE)に対するeCanterの優位点はどこに、どれほどあるのだろうか? ここでは、ディーゼル車の燃費数値(カタログの重量車モード値8.7km/Lで軽油110.5円/L換算。軽油価格は資源エネルギー庁が2020年8月5日に公表した値)と、eCanterにおける電費数値(同1.92km/kWhで電力価格17.54円/kWh。電力価格は東京電力エナジーパートナーが2019年10月1日以降に適応するものとして発表した、契約電力500kW以上の業務用電力で夏期料金)から両車のコストを比較した。結果、あくまでもカタログ値を元にした計算式だが、ディーゼル車が12.2円/kmに対して、eCanterは9.1円/kmと、じつに25.6%もeCanterのランニングコストが低いことが分かる。 一方、導入コストはどうか? eCanterは現状4年間リース販売のみで、そこには車両のフルメンテナンス費用など一連の価格が含まれている。よって、単純に車両価格の算出はむずかしいが、事業者が一時的に支払う導入コストは、ディーゼル車のリース価格よりも高価であることは間違いない。 しかしeCanterの場合、国土交通省・経済産業省連携事業として進められている「電動化対応トラック・バス導入加速事業」(2020年度の予算案は10億円)からの補助金が、JATA(日本自動車輸送技術協会)を経由して、eCanterを導入する事業者に交付(標準的燃費水準車両との差額の2分の1[HV・PHV]または3分の2[EV]電気自動車用充電設備の導入費用の2分の1)される。ざっくりといえば、ディーゼル車のCanterが500万円程度(タイプにより価格は大きく上がる)と仮定して、eCanterを800万円(イメージ)として計算すれば、差額の3分の2にあたる約200万円が交付される。さらに充電設備の導入費用も半額が補助されるから、eCanterとCanter実質的な価格差はグッと縮まる。 さらにeCanterでは、後述する動力性能での優勢点が数多く、これは実際に使われている事業者からも高い評価を受けている。たとえば、eCanterを導入するコンビニエンスストア大手のセブン-イレブン・ジャパンでは、搭載する電気式冷蔵機の電源をeCanterから受けることで、早朝深夜での配送業務の大幅な騒音抑制につながると評価する。 つまりeCanterは、導入コストこそディーゼル車より高価ながら、ランニングコストは25%以上も低く、働く現場でも高い評価を受けていることが分かった。 ところで、小型トラックとは何を示すのか? 区分けの1つ、道路交通法上の運転免許証別で見る小型トラックには、普通免許で運転できる「最大積載重量2t未満でGVW3.5t未満」と、準中型運転免許で運転できる「最大積載重量4.5t未満でGVW7.5t未満」がある。今回のeCanterはGVW7.5t未満(販売中のeCanterはキャブシャシ状態で7400kg)で、なおかつ道路運送車両法での寸法にも収まることから、準中型自動車免許があれば公道での運転が可能だ。 ちなみに、この準中型免許は2017年3月12日に施行された改正道路交通法によって新設された区分け。普通免許と同じく18歳以上であれば最初から取得することができる。 一方、中型免許(最大積載量6.5t未満でGVW11t未満)は20歳上であり、普通免許、準中型免許または大型特殊免許を現に取得して、これらの免許のいずれかを受けていた期間(運転経歴)が通算して2年以上あることが条件になるなど、取得までのハードルが準中型免許よりも高い。 つまり準中型免許の新設は、小口物流(100kg以下の輸送)が急増し、深刻なドライバー不足が懸念されているわが国の物流業界に対する実質的な救済策ともいえる。 小型トラックの販売台数はどうか。2019年4月~2020年3月までに販売された軽トラック、小型トラック、普通トラックの全台数(約85万2000台)のうち、小型トラックは約25万7000台(30.2%)を占めている(数値は日本自動車工業会)。このことから、小型トラックは日本の経済を支える大動脈であることが分かる。
■商用車に特化した「ゼロ次安全」を垣間見た 今回、その小型トラックでBEVのeCanterに短時間ながらテストコースで試乗することができた。GVW7.5t、最大積載量4125kgのボディに82.8kWh(13.8kWh×6個)のリチウムイオンバッテリーを搭載し、135kW(180PS)/390Nmの駆動モーターにより後輪を駆動する。 1回の充電あたり走行可能距離はフル積載、つまりGVW7.5tの状態で100km(JE05モード値)。充電時間は単相交流6kW(200V/30A)の普通充電で0%→100%が11時間(理論値)、50kWh出力の急速充電(CHAdeMO準拠)では同1.5時間でそれぞれ完了する。 乗用車と同じ形状のキーレスエントリーキーをステアリングコラム右側に差し込み、その左にあるプッシュスターターを押すとEVシステムが起動する。そのままセレクターレバーをDレンジに入れ、駐車ブレーキを解除してゆるやかに発進する。試乗時は荷物を積載していない空荷の状態なので、GVWは3.2t程度だ。 都市部の渋滞路や30km/h制限の細街路を見越して25km/hあたりを保ちながら走らせてみる。モーター駆動のBEVらしく、アクセル操作に対してとても従順な反応なので発進⇔停止がとても楽。アクセルペダルを放すと回生ブレーキが作動するが、ディーゼル車である6速デュアルクラッチトランスミッション「DUONIC2.0」を搭載するCanter(eCanterのベースモデル)とほぼ同等の減速度を示す。ブレーキシステムはディーゼル車と同じ油圧式。回生効率を高めるために、BEVの多くが用いる電子制御ブレーキ「ECB」は今のところ採用していない。 ディーゼル車では、発進時にどうしても発生してしまうクラッチ締結時のショックを見越した繊細なアクセル操作が求められるが、eCanterの発進はショックとは無縁の世界。だから普段ディーゼル車に乗っているドライバーでも、これまでと同じ操作で積荷にやさしい運転が行なえる。 真冬の早朝一発目の運転など身体が硬直している時や、長時間の勤務で身体的疲労度が高まってときなどでも、eCanterの人にも優しい発進性能は地味に、しかしながら発進操作を行なうたびにその真価を発揮する。ここに、先進安全技術に頼る前に求められる商用車に特化した「ゼロ次安全」を垣間見た。 国道に出たことを想定し、今度はアクセル開度を徐々に大きくして加速フィールを確認する。空荷での試乗だが、それを差し引いても力強さは格別で、体感上での最大加速度はディーゼル車の1.5倍程度。しかも、ディーゼル車のような変速操作がないことから、開度に応じた躍度が途切れることなく長い時間保たれる。 同乗して頂いた三菱ふそうの技術者によれば、最高速度は80km/hだというが、試乗コースで試すことができた少なくとも60km/hあたりまでは、安定した躍度で速度をのせていくことが分かった。 しかしトラック全般に求められる、積荷に優しい運転のしやすさで考えると、eCanterとディーゼル車(DUONIC2.0)では、ときに立場が逆転する場面があるようだ。 筆者は過去にドライバーとして商用車の開発業務を担ってきたが、そこでは道路環境に影響されないストレスのない動力性能の実現と、加減速でむやみに積荷が前後に動かない、つまり荷崩れしない運転操作のサポートが設計思想として求められていた。 eCanterは、アクセル開度にして約30%以上の領域において駆動モーターから得られる躍度が高めで安定する傾向にあることから、今回が空荷であることを差し引いても使用シーンから想定すると過剰な加速フィールを試乗から受けた。加えて、滑りやすい路面では走行モードの切り替えスイッチ(低μ路対応)があるといいのではないか、そんなシーンも想像できた。この点を三菱ふそうの技術者に伺ってみた。 「欧州のお客さまからは概して好評で“非常によい”という評価をいただいています。一方、日本のお客さまは両者に分かれ、“加速がよくてストレスがない”とおっしゃるお客さまと、“積み荷が移動するので気を使う”というお客さまがいらっしゃいます。今後、モードスイッチの追加も検討したいと考えています」とのことだった。 減速度はどうか? GVWのかさむ商用車では、求められる減速度はその強さだけでなくコントロールのしやすさにも重きが置かれる。そして、車体が大きく重くなるほど、速度の調整は一般的なブレーキペダル(トラックやバスではサービスブレーキと呼ぶ)よりも前に、レバー操作で作動する補助ブレーキ(排気ブレーキやジェイクブレーキやリターダなど)によって行なわれる。 eCanterはICE(内燃機関)を搭載していないBEVなので、アクセルペダルを放すと走行速度に応じて回生ブレーキが作動する。その際の減速度は前述した通り3.0リッターのディーゼル車、すなわちCanterのディーゼル車と同等レベル。さらに強い減速度が必要な場合は、ステアリングコラムの左レバー操作によって強い回生ブレーキを使う。その際の減速度は、三菱ふそうの技術者によれば5.0リッターディーゼル車並とのこと。 eCanterの場合、回生ブレーキによる最大減速度は1.3m/s2以下。よって、国土交通省が「電気式回生制動装置動作時の制動灯点灯」で定める「任意点灯」領域、すなわち減速度0.7m/s2を超え、1.3m/s2以下の減速度に区分されるため、三菱ふそうとしてはブレーキランプを点灯させていない。 電動トラックといえば、北欧の商用車メーカーであるボルボも中・大型トラック「Volvo FL Electric」として欧州で販売を行なっているが、こちらはBEVでありながら2段式トランスミッションを採用する。将来的にeCanterが有段トランスミッションを搭載する必要性はあるのだろうか? 「eCanterの場合、固定減速機で静止から80km/hまでの実用域をカバーしています。BEVは都市内などのラストマイル輸送に使用されることを想定しているので、これ以上の最高速ニーズが少ないと考えていることから2段ギヤの採用は考慮していません」とのことだ。 ポルシェのBEVスポーツカー「タイカン」が2段ギヤを搭載するのは、優れた加速力と高い最高速度の両立だが、BEVトラックにおける有段ギヤはGVWや求められる性能に応じた手段。よって、小型トラックには必要ないとの判断が成り立つ。
■eCanter F-Cellにも試乗 eCanterの試乗コースでは、こちらも短時間ながら燃料電池トラック「eCanter F-Cell」にも試乗することができた。こちらはプロトタイプだが、すでに2020年代後半への量産を視野に開発が進められている。 eCanter F-Cellの開発目標スペックは、燃料電池スタックの出力として75kW(102PS)で、これに110kW(150PS)のバッテリー出力を加えるという。 1本あたり水素10kg(70MPa)を充填する水素タンクを4本(左右に2本ずつ)ホイールベース内に搭載し、水素をフルに充填した状態では1充填あたり300kmの航続距離を目指す。GVWはeCanterと同じ7.5tクラス。試乗したプロトタイプは水素タンク3本、eCanterに搭載している同型バッテリーパック1個(13.8kWh)をそれぞれ搭載していた。 走行フィールはeCanterと同じ。しかしモーター(駆動モーターはeCanterと同型)へ流れる電流が現時点では低いことから、アクセルペダルを全開にしたとしても加速力はeCanterの3分の1程度だ。 この先、三菱ふそうでは電動小型トラックを含めた商用車全般に対してeCanterとeCanterで構築した電動プラットフォームの共有化で普及を目指す。BEVであるeCanterのパワートレーンをベースにしながら、そこからバッテリー搭載量を減らし、代わりにFCスタックといった動力源によって求められる駆動力を確保することで、BEVの課題である航続距離の延長を行なっていく。 2020年3月23日、トヨタ自動車と日野自動車は燃料電池大型トラックを共同開発すると発表した。共同開発する大型トラックには、トヨタの燃料電池乗用車「MIRAI」に搭載されるトヨタFCスタックを2基搭載し、水素1充填あたりの航続距離600kmを目指す。このMIRAIのFCスタック2丁掛けは、すでに東京都交通局が導入する大型路線バス「トヨタFCバス」でも実証済み。このように、商用車の電動化はBEVと燃料電池の両面で進められていく。
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